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東京高等裁判所 昭和61年(ネ)2689号 判決

控訴人

山形光彦

控訴人

山形晴彦

右両名訴訟代理人弁護士

笹原桂輔

笹原信輔

控訴人

山形伍郎

控訴人

山形ふさ子

右両名訴訟代理人弁護士

石田晴久

被控訴人

熊木産業株式会社

右代表者代表取締役

熊木喜八郎

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

控訴人らは、「原判決中控訴人らに関する部分を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述及び証拠の提出、援用、認否は、次につけ加えるほか、原判決事実摘示(ただし、控訴人らに関しない部分を除く。)及び当審における記録中の証人等目録記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

一  控訴人ら

1  控訴人山形伍郎、同ふさ子

被控訴人は、訴外杉本誠に対し五〇〇万円を貸し付け、その担保として訴外会社振出しの手形を取得したものであつて、同会社が倒産しても右訴外人に対する債権は残り、被控訴人に損害はない。

2  控訴人山形晴彦、同光彦

(一)  訴外会社は、控訴人山形ふさ子の専断するところであつて、手形の発行、資金繰りなど同人が独断専行した。

(二)  控訴人山形晴彦は、取締役といつても、固定給二〇万円の実質上従業員にすぎなかつた。しかも、同人が取締役であつたのは、昭和五五年六月から同五六年六月までの期間であつて、訴外会社が経営危機に陥ち入つた昭和五八年には既に取締役を退任していた。

もつとも、訴外会社の倒産当時、右退任の登記はされていないが、登記義務者は、訴外会社であつて、退任取締役ではないから、登記懈怠に関する商法一二条や不実登記の同法一四条の規定は、右の場合に適用されない。

(三)  控訴人山形光彦は、訴外会社の埼玉県入曽支店の店長にすぎず、名目のみの取締役であつた。しかし、同人は、控訴人山形ふさ子に対し経理状態の報告を求めるなど取締役としての監督義務を怠らなかつた。

二  被控訴人

訴外会社は、控訴人ら兄弟、姉による完全な同族会社であつて、控訴人らはその経営状態を熟知していたにもかかわらず、控訴人山形ふさ子の放漫経営や手形濫発を放任していたものであり、商法二六六条ノ三の規定による責任を免れない。

控訴人山形晴彦がその主張のころ取締役を退任した事実は否認する。仮に同人がそのころ取締役を退任したとしても、その旨の登記もされず、当審になつて初めてこれを主張したものであつて、被控訴人は善意の第三者であるから、商法一二条、一四条の規定により右退任を被控訴人に対抗できない。

理由

一当裁判所も、被控訴人の請求は理由があると判断するものであり、その理由は、次につけ加えるほか、原判決理由(ただし、控訴人らに関しない部分を除く。)説示と同一であるから、ここにこれを引用する。

1  原判決書六枚目表七行目中「被告」を「原審における控訴人」に、同八行目中「原告代表者の各供述」を「同被控訴人代表者、当審における控訴人山形晴彦本人尋問の結果」に、同七枚目裏一行目中「委ねた」を「委ね、」に改める。

2  控訴人山形晴彦は、昭和五六年六月訴外会社の取締役を退任し、同会社が経営危機に陥ち入つた昭和五八年当時には既に取締役の地位になかつたと主張するので、検討する。

一般に、株式会社の取締役の就任、退任は登記事項であり(商法一八八条二項七号、三項、同法六七条)、その登記申請は当該会社が当事者としてこれをなすべきものであるが(同法九条、商業登記法一四条)、商法一二条、一四条の規定は、これにより善意の第三者保護を趣旨とするものであるから、取締役でないのに取締役として就任の登記をされた者が故意、過失により右不実の登記の出現に積極的に加功したときは、同人は、商法一四条の規定の類推適用により、自己が取締役でないことをもつて善意の第三者に対抗することができないものと解すべく、右登記簿上の取締役は、その第三者に対し、同法二六六条ノ三の規定にいう取締役として、所定の責任を免れず(最高裁昭和四四年(オ)第五三一号同四七年六月一五日第一小法廷判決・民集二六巻五号九八四頁参照)、このことは、取締役が退任したのに会社による右退任の変更登記がされていない事実を知りながら故意又は過失によりこれを放置し、不実登記の存在を容認しているような場合にもその理を異にするものではない。

これを本件についてみるに、前掲甲第二号証、原審における控訴人山形伍郎、同ふさ子、当審における控訴人山形晴彦各本人尋問の結果を総合すると、訴外会社は、控訴人ら兄弟、姉による同族会社であり、控訴人山形晴彦がその主張のころ訴外会社代表取締役山形伍郎に対し取締役の辞任届を提出し、二月ないし三月後まで事務引継のため出社していたが以後訴外会社と没交渉となり、その後自己の退任登記が実行されたかどうかを確認するとか、その登記手続を督促するなどの行為は全くなかつたことが認められるところ、少なくとも訴外会社の倒産当時(昭和五八年六月)、右退任登記がされていないことについては控訴人山形晴彦の自認するところである。そして、右退任の登記につき訴外会社においてこれをなすべき義務があるとしても、同控訴人において右退任登記がなされるよう努力する方法を採らない限り、第三者に対し自己が取締役であることの責任を免れることはできない。

他方、原審における被控訴人代表者尋問の結果並びに弁論の全趣旨によると、被控訴人代表者は、控訴人山形晴彦の取締役退任後もその事実を知らず本件手形を取得したことが認められ、他にこれを覆すに足りる証拠もない。

そうすると、被控訴人は、商法一二条、一四条にいう善意の第三者に当たるものというべきであるから、控訴人山形晴彦は前記退任の事実を被控訴人に対抗することはできず、上記認定事実のもとでは被控訴人に対し損害賠償責任を免れない。

3  なお、控訴人山形伍郎、同ふさ子は、被控訴人は訴外杉本誠に対する貸付金の担保として本件手形を取得したにすぎないから、これが不渡りとなつても右訴外人に対する同額の貸付金債権が残存し、被控訴人に損害は生じない旨抗争するが、被控訴人が訴外杉本誠から右貸付金の弁済を受け、あるいは被控訴人において同訴外人に対し支払を請求しこれが強制執行による満足をうる余地があるなど特段の事情があれば格別、前掲被控訴会社代表者尋問の結果によると、被控訴人において訴外杉本からの弁済を、訴外杉本において同金員を支払う資力なく、現在行方不明の状況にあることが認められ、かかる事情も証拠上認められないので、本件手形の不渡りにより被控訴人に損害を生じない旨の前記控訴人らの主張は失当である。

二したがつて、控訴人らに対する被控訴人の請求を認容した原判決は相当であつて、これが取消しを求める本件控訴は理由がない。

よつて、本件控訴を棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法九五条、九三条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官舘 忠彦 裁判官牧山市治 裁判官赤塚信雄)

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